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喫煙の健康影響・禁煙の効果



1. 能動喫煙と喫煙関連疾患

タバコの葉を燃焼させて生じるタバコ煙にはニコチンに加え、一酸化炭素をはじめとする7000種類以上の物質が含まれているが、これらはタバコの葉からのほか、タバコ製品を作る際に加えられる様々な化学添加物の揮発物質や熱分解産物にも起因する5)
タバコ煙は気道から肺の表面にいたる広範囲に沈着する微細な粒子相と、気相からなる。タバコの煙に含まれる成分のうち,有害物質として認定されているものは数百種類に上り,そのうち約70種類が発がん物質である。その中には猛毒のシアン化水素や,ダイオキシンなども含まれるが,なかでも健康有害性が大きいのがタール,ニコチンと一酸化炭素,そして各種刺激物質である。なおニコチンや水分を除去した粒子相をタールと総称するが、タバコ煙の発がん性の大部分は、発がん物質を含む気体となった粒子相による。気相には、タバコ煙の顕著な臭いのもととなっている揮発性物質のほか、一酸化炭素、気道刺激物質が含まれている6)7)

煙の吸着を目的としてさまざまなフィルターが開発され、「低タールタバコ」(いわゆる「軽いタバコ」)が流通するようになってきた。「低タールタバコ」はフィルターチップの周囲に沿ってうがたれた多数の小孔から空気が流入し,吸入する煙を希釈するつくりとなっていて主流煙ではタールやニコチンなどの濃度が減少する。しかしながらニコチン摂取における自動調節能の存在、フィルターの穴を指や口唇で塞ぐなどの行為に煙の成分の測定方法の問題も加わり、喫煙者が体内に吸収する有害物質量は低タール低ニコチンタバコにおいても表示ほどは減少していないことに留意すべきである5)8)9)
タバコの葉を燃やすすべての利用形態において有毒で発がん性のある煙が生じる。喫煙が原因で生じる病気の発生頻度は、喫煙頻度と吸入する深さによって異なる。パイプタバコや葉巻き使用者は口腔内粘膜から必要なニコチンを吸収して肺に煙を吸入しない傾向があるため、有毒物質や発がん物質の肺への影響は、紙巻きタバコより少なくなっている。
紙巻タバコでは口腔内からのニコチンの吸収は少なく、喫煙者がニコチン依存を満足するに足るニコチンを吸収するにはより大きな表面面積をもつ肺まで煙を吸い込むことが必要となる。上気道がんのリスクは、紙巻タバコと葉巻喫煙者では同等であるが、葉巻きしか吸わない喫煙者では肺がんや慢性閉塞性肺疾患のリスクが低いのはこうした理由によると考えられている。しかしながら紙巻タバコからパイプや葉巻きに切り換えた喫煙者では、紙巻タバコ同様に煙を深く吸入する傾向にあり、リスクは増大する。そしてどのようなタバコの使用形態であっても、タバコの煙への暴露の頻度や吸入が同等であれば、その結果生じる疾患も同様である。

タバコ煙に含まれるニコチンは副腎皮質を刺激してカテコラミンを遊離し,交感神経系を刺激して末梢血管の収縮と血圧上昇,心拍数の増加をきたす10)11)。また強力な血管収縮および気管支収縮作用を有するトロンボキサンA2の遊離作用も有する12)。タバコ主流煙には一酸化炭素が4%(重量%)程度含まれており血液中のヘモグロビンと強固に結合して(酸素の約250倍)慢性の酸素欠乏状態を引き起こす13)。タバコ煙はコレステロールの変性を促進し、血管内皮を障害するとともにHDLコレステロールを減少させ,動脈硬化を促進する13)14)15)16)。これが一酸化炭素による酸素欠乏や血管異常収縮とも相まって循環器疾患のリスクを増大させる。

表1:わが国における虚血性心疾患に及ぼす喫煙の影響

図1:喫煙習慣別の年齢調整心疾患死亡率

循環器疾患大規模発症要因調査であるFramingham Studyでは、喫煙1箱あたりの虚血性心疾患に対しての相対危険度は2~3倍とされ17)、Albany Study など5つの主要疫学調査を統合したPooling Project では一日1箱喫煙による虚血性心疾患の相対危険度は1.7-2.4倍と報告されている18)。わが国においても喫煙は冠動脈疾患および脳卒中の危険因子であることが大規模研究において男女ともに明らかにされている19)(表1)。
また、喫煙による冠動脈疾患リスク上昇は男性より女性で25%高いとのメタアナリシスの結果が最近報告され20)、タバコ煙が女性に対してより強力な有害物質として作用している可能性が示唆されている。1980年から14年間、1万人の追跡調査をおこなったNIPPON DATA80においては、一日喫煙量が多いほど心疾患死亡率が多く、男性においては一日20本以内の喫煙者の心疾患死亡率の相対危険度は4.2倍、20本を越える場合には7.4倍、毎日タバコ1箱喫煙の場合の虚血性心疾患の罹患と死亡に対する相対危険度は1.7~1.9倍と推定された(図1)4)
一方、脳卒中の発症は男女とも一日喫煙量が多いほど増加する(図2)17)21)など、脳卒中死亡率と心疾患死亡率双方に喫煙が大きく影響していることが示された。この傾向は喫煙開始年齢が早いほど増大するため,若年で喫煙を始めた場合,壮年期になってからの健康への影響は深刻となることが予測される。

図2:一日あたりの喫煙本数

肺がんと喫煙の関連については古くから多くの研究があり、1964年にはこれらの研究の結論として米国公衆衛生総督報告が出された22)。肺がん、食道がん、膵臓がん、口腔がん、中咽頭がん、下咽頭がん、喉頭がん、腎盂尿管がん、膀胱がんは相対危険度が2以上で喫煙との関連が明確に認められる。腎細胞がん、胃がん、肝臓がん、骨髄性白血病の相対危険度は2以下であるが弱い関連が認められる。口唇がん、副鼻腔がん、上咽頭がんは、喫煙との関連が強く示唆されるが発生数がまれであるために結論することができない。胆嚢胆管がん、唾液腺がん、卵巣がん、リンパ腫、脳腫瘍、甲状腺がん、副腎がん、前立腺がんは喫煙との関連が薄いと考えられる。子宮頸がん、大腸がん、女性の乳がんに関しては、喫煙との関連は結論がでていない。子宮内膜がんに関しては、喫煙者での発症が少ないことは多くの研究で一致しているが、喫煙者では女性ホルモン活性が低いことや閉経年齢が早まることが関係していると考えられている。
喫煙による発がんメカニズムとしては、タバコ煙に含まれるベンゾピレンなどの発がん物質がDNAと共有結合してDNA付加体を形成してDNA複製の際に遺伝子変異を引き起こすことが蓄積してゆくと考えられているが、タバコ煙の発がん物質の分解にかかわる酵素活性の遺伝子的要因が指摘されている。

呼吸器疾患としてはがんのほか、慢性閉塞性肺疾患、気管支喘息、自然気胸などの疾患においても、喫煙はリスクを高めることがわかっている23) 24)25)。10-15%の喫煙者にタバコ煙感受性があり、慢性閉塞性肺疾患に進展してゆくといわれるが、これには肺胞プロテアーゼとの関連が示唆されている26)。自然気胸は一日喫煙本数との関連が認められ、自然気胸の80%は喫煙が関連したものである25)
消化性潰瘍の治癒遷延と再発率の増加27)、インスリン非依存型糖尿病の発症と糖尿病性腎症の発症や悪化28)29)、脂質異常症30)、メタボリックシンドローム31)、骨粗しょう症32)、ホルモン異常とくに女性における更年期の早期発来33)なども喫煙と関連することも示唆されている。
喫煙者に少ない疾患としてパーキンソン病と潰瘍性大腸炎が上げられる。パーキンソン病ではニコチンの投与によって症状が短期間改善するが、ニコチンによるドパミン産生能の促進によると考えられている。20歳前後での喫煙によるリスクの増加を指摘する報告もあり、因果関係ははっきりしない。潰瘍性大腸炎においては一日喫煙本数が多いほど発症リスクが低下する。他の治療法と併用したニコチンパッチが有効との報告もあるがその作用メカニズムに関しては不明な点も多い。アルツハイマー病の発症は喫煙者で少ないとの報告もかつてあったが,現在では否定されており、認知症による死亡は喫煙者に多い。34)

2. 受動喫煙による健康影響

タバコの煙で周囲の人に流涙,眼のかゆみ,鼻汁,咳嗽,頭痛などがひきおこされるのは主流煙がpH6前後であるのに比べ副流煙はアルカリ性で粘膜刺激性が高いことによる。
肺がん、副鼻腔がん、子宮頸がんでは、周囲の喫煙者の喫煙本数が増加するほど、受動喫煙による発症リスクが増大する。受動喫煙の虚血性心疾患への影響は、肺がんよりもさらに明確で、環境タバコ煙(ETS)曝露によって非喫煙者の労作時心筋虚血状態は悪化する。受動喫煙による健康影響をまとめた報告では、非喫煙者の心筋梗塞の死亡率が1.3倍に高まり、受動喫煙を受ける人のうち1~3%が受動喫煙が原因となった心筋梗塞で死亡することが示された35)。これを非喫煙者10万人あたりの受動喫煙による死亡確率として調べると10万人あたりの受動喫煙による死亡確率は1000人から3000人に上ることとなり、自動車の排ガスなどの死亡確率とは比べ物にならない大きな健康被害を及ぼしていることが示された。タバコを吸わない人の心筋梗塞の死亡のうち,20%は周囲の人のタバコの煙が原因と言われる36)
またOtsukaらの研究では、健常非喫煙者において30分の受動喫煙が血管内皮機能に影響して冠血流予備能を低下させることを示した37)。2006年米国公衆衛生長官報告において、この20年間に行われた受動喫煙に関する数多くの調査研究に基づく膨大なエビデンスを根拠に、受動喫煙に暴露されるとただちに心臓血管系に悪影響があらわれること、虚血性心疾患がおこりやすくなることや、受動喫煙に安全無害なレベルのないことが報告されている38)

レストランやバーも含む公共の場の受動喫煙防止条例を実施した国や地域から、速やかに急性冠症候群による入院が減少したことが報告されている39)40)。その減少は特に非喫煙者(すなわち受動喫煙を受けていた人)に著明であることが示されており41)、受動喫煙を避けることの重要性が指摘されている。
こうした結果に基づき、わが国の循環器疾患ガイドラインにおいても禁煙と同時に受動喫煙の回避があげられている。禁煙ガイドライン(2010年改訂版)において、禁煙推進のみならず、受動喫煙防止の重要性についても言及している42)。急性冠症候群診療ガイドライン(2018年改訂版)では、二次予防において、喫煙歴のある患者に対して喫煙の弊害を説明し禁煙指導を行うこと、受動喫煙の弊害も説明し患者家族や職場への指導を行うことを推奨している43)。2023年改訂版 冠動脈疾患の一次予防に関する診療ガイドラインでは、喫煙者に対する禁煙と、非喫煙者に対する防煙(禁煙開始の予防)に向けての啓発や指導を行うことを推奨している。
さらに、新型タバコに関しても従来のタバコと同様にスクリーニングの実施と、禁煙および防煙に向けての啓発や指導を行うことを推奨している44)

図3:喫煙と乳幼児突然死症候群との関係

妊娠時の喫煙では,一酸化炭素による低酸素血症と胎盤を通過する有害成分により,早産や周産期死亡の比率が1.2~1.4倍に増加する。また妊婦本人の喫煙だけではなく,家族や周囲の喫煙によっても低体重児など,胎児の発育遅延が1.2倍に増加する。妊娠初期までに禁煙すればこのリスクは改善する45 46) 47)
乳幼児突然死症候群は生後1年以内の乳幼児の重要な死因のひとつであり、妊娠中や出生後の母親や周囲の喫煙本数が増加するほどリスクが増大すると考えられているが、わが国の研究では「父母共に習慣的喫煙あり」は、「父母共に習慣的喫煙なし」に比して約 4.7倍程度乳幼児突然死症候群発症のリスクが高まることが示唆されている(図3)48)。 また、3歳児の喘息様気管支炎は,家庭内喫煙がない場合に比べ,20本以上喫煙する家族が同居する場合は2倍に,母親が喫煙する場合には3倍に増加する49)
こうしたことから、喫煙者の禁煙のみならず社会全体としての禁煙化による受動喫煙の防止の重要性が強く示唆されるものであり、この分野において医療関係者の果たすべき役割は大きい。ちなみに米国においては1992年からJoint Commission on Accreditation of Healthcare Organizations (JCAHO) による基準に従って病院建物内は完全禁煙とすることが示されたが、1998年の調査ではランダムに選出された病院の96%において基準をクリアしたことが報告されている50)

3. 禁煙による疾患リスクの低下

禁煙による虚血性心疾患罹患率の低下は禁煙後比較的早期にあらわれ51)、大規模循環器疾患疫学調査であるFramingham Studyでは禁煙後1年で冠動脈心疾患の罹患率は大幅に低下することが示されている52)。また、急性心筋梗塞を起こしたあとの再発死亡率においても、禁煙したものでは心筋梗塞再発率や死亡率は低下する。888人の心筋梗塞をおこした男性を3年間追跡した調査では、1日15本以上喫煙を続けた患者に比べ禁煙した患者では心筋梗塞の再発率は半分程度となり、死亡率も低下した53)。日本でも同様に、90人の心筋梗塞を起こした男性患者について喫煙を続けたものでは心疾患再発が30%近かったのに比べ、禁煙により再発は3分の1に低下し、心臓病死も2分の1以下に減少した54)。冠動脈バイパス術後415名15年間の追跡調査では、喫煙者は禁煙した者の2.5倍の心筋梗塞リスクであった。なお禁煙したものと、非喫煙者のリスクには差が認められなかった55)
以上より、循環器疾患においては禁煙による疾患リスクの低下は明らかである。また英国の40歳以上の喫煙公務員1445人に禁煙アドバイスを提供(介入)した研究(無作為比較対照試験)では、10年後には喫煙状況は介入群において1日喫煙本数は平均7.6本減少し、虚血性心疾患の死亡は18%、肺がんの死亡は13%減少したことが報告されている56)
なお1990年以降、米国や英国では,がんの罹患率と死亡率が減少していることが報告されているがこれは米国や英国での喫煙率の低下によるところが大きいことが指摘されている57)58)。健康面以外でも、火災の減少や健康保険費用の減少、受動喫煙の軽減など、禁煙のもたらすメリットは大きい59) 60)61)